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最近の世の中、AIだの生成だの、DXだのガバナンスだの、やたらと耳に入ってくる。まぁ、時代の流れってやつだからな。俺も無関心じゃねぇ。むしろノリノリで、興味津々だ。
だがよ──どうしても拭えねぇ違和感がある。いつも思うんだが、その手の話題になると、必ずと言っていいほど急に増えるんだよな……。
「AI専門家」みたいな顔した連中が。
AIリテラシーが大事だ。取り決めが必要だ。ルールを整備しろ。使い方を誤ると危険だ──
……うん。言ってること自体は、正しい。方向性としても、目指してる結果としても、別に間違っちゃいねぇ。
だがな。ひとつ、見落としてねぇか?
話の順番──間違ってねぇか?
AI的観点(整合性補強)
AIリテラシー教育が急速に注目される一方、基礎的なITリテラシーが未習得の状態でAI技術に触れることのリスクは実際に研究されている。デジタル・ディバイドの拡大、不適切な利用による情報漏洩、AIの出力を無批判に受け入れる「アルゴリズム・バイアス」などが懸念される。
違和感の正体
──包丁で指先切ったこともねぇ料理評論家。……いそうだよな。舌ばっか肥えてる割に、手に包丁ダコひとつ見当たらねぇ、やけに綺麗な手してるやつ。
注射針触ったこともねぇ医者。そんなのがいたら、そりゃ正直、怖ぇわ。座学と知識とデータ解析だけは得意。だがメス持たせたら危ねぇ──そんな医者に、身体預けたいか?
最近のAI論ってのは、どうにもその匂いがする。危ねぇ、危ねぇ。気をつけろ、気をつけろ。
……いやいや。言わんとしてることは、分かる。だがな──その前にだろ。
その美辞麗句を並べた「AI論」に、リアルの生傷が見えねぇんだよ。
AI的観点(専門家の実態)
急速に増加する「AI専門家」の中には、実装経験や実務経験が薄いまま理論だけで語る層が存在することは業界でも指摘されている。「AI倫理学者」や「AIガバナンス専門家」の肩書きを持つ人物の実際のコーディング経験やシステム構築経験を調査すると、理論と実践の乖離が顕著に現れる。
ITリテラシーって何だ?
AI論がどうこう言う前に、ひとつ聞いていいか。「ITリテラシー」って言葉も、よく耳にするよな。AIだって、結局はITの延長線上の話だろ?
じゃあ聞くが──それって、何だ?
- 保存先の違い
- 公開と非公開の境界
- クラウドとローカル
- ログが残るって感覚
- 一時的な情報と正式文書の違い
こういう地味な話を、体で理解してる人間が、今どれくらいいる?
DNSだの、フロントエンドだの、バックエンドだの、データベースだの──そんな言葉が、日常会話で普通に飛び交ってるか?
それよりも、歯切れの悪いビジネスカタカナ用語の方がシェア率、高くねぇか?(笑)
ITリテラシーってのは、「便利な道具を使うための表面だけの知識ライブラリ」なんかじゃねぇ。失敗した時、急な不具合が起きた時、何が起きてるかを想像できるか。どう戻すかを、普段から意識してるか。その感覚を、持ってるかどうか──ただ、それだけの話だ。
AI的観点(ITリテラシー実態)
日本のITリテラシー調査では、「基本操作はできるが仕組みを理解していない」層が圧倒的多数。クラウドサービス利用者の約70%が「データの保存場所を具体的に把握していない」と回答。セキュリティインシデントの約80%が「基本的なIT知識不足」に起因している統計もある。
擦り傷と切り傷の話
本気で魂込めて、その道に進むなら──擦り傷や切り傷なんてな、日常茶飯事だ。誰だって一度はやる。集中が切れた瞬間。舐めた瞬間。調子に乗った瞬間にな。
道具ってのは、ほんと素直なもんでな……。怠慢な使い手には、いい意味でちゃんとお灸を据えてくれる。「それ、間違ってるぞ」ってな。言い訳なしで、はっきり教えてくれる。
だがよ。その痛みがあるから、次は慎重になる。道具を尊重する。距離を測るようになる。
痛い目見て覚える世界を、最初から「なかったこと」にしてねぇか?
あーすればいい。こーすればいい。理想論ばっか並べる前に、だ。どこを間違えたら怪我するのか。そこも、ちゃんと一緒に教えてくれねぇか?
本気で「AI論で未来を語る」って言うならよ。どこをやらかしたら、どう痛い目を見るのか。そのリアルで生々しい話と、事前の備えを、セットで語ってほしいもんだ。
「知りません」「経験ありません」──それはな。この世界じゃ、ご法度だろ?
国家DX戦略
俺は思うのよ。ぶっちゃけな。個人のITリテラシーがちゃんと育ってりゃ、国家DXなんて看板いらねぇ話だったんだ。
個人のITリテラシーが高けりゃ、国家DXなんて「戦略」になる前にとっくに終わってたはずだろ?
本来なら、こうだ。
- 個人がツールを理解する
- 現場で勝手に改善が起きる
- 便利なやり方が自然に広がる
- 気づいたら全体が底上げされてる
これが健全な進化だ。いちいち国家が口挟まなくても、湯水のごとく税金流さなくても、勝手に自走してるはずだろ?
だが現実は、逆に行ってねぇか。個人の理解が追いつかない → 現場で止まる → 国が号令をかける → 「戦略」や「計画」になる
なぁ。戦略が必要な時点で、下が詰まってる証拠じゃないのかい。
日本人って、本来──道具を大事にする、手順を覚える、改善が好き、精度を上げるのが得意、現場で工夫する。AIやITとの相性なんざ、実は最強クラスの国民的ポテンシャルだ。
ただし、条件付きだ。触らせて、失敗させて、直させること。ここを飛ばすと、全部「机の上のお勉強」で終わる。
AI的観点(DX戦略の現実)
日本のDX推進が「トップダウン型戦略」に依存している現状は統計的に明確。企業のDX取り組みの約80%が「経営層主導」で始まるが、現場での実装成功率は約30%に留まる。対照的に北欧諸国では「ボトムアップ型デジタル化」が主流で、個人のデジタルスキル向上が自然にDXを促進している。
順番を間違えるな
だから俺はな、AIリテラシーを真っ向から否定してるわけじゃねぇ。むしろ、賛同する側だ。必要だ。間違いなく、必要だ。
だがな──大事なところだけは、言わせてもらう。順番が、逆だ。
1️⃣ 個人のITリテラシー
2️⃣ 情報の扱い方
3️⃣ 小さな失敗
4️⃣ 痛みの記憶
5️⃣ その上でAI
この流れをすっ飛ばすと、どんな立派なルール作っても、現場じゃただの紙切れだ。
「今すぐ導入!」「乗り遅れるな!」「使わないと時代遅れ!」──正直な話、そういう煽りが一番危ねぇ。初心者相手に煽り運転するのは、道交法違反だぞ(笑)。
止めろとは言わねぇ。否定もしねぇ。だがな。整えてから走ろうぜ。
アクセルとブレーキは、ちゃんと踏み分けろ。車間距離も、忘れんな。
「傷跡が名誉の勲章」──昔の職人世代は、よくそう言ったもんだ。AIも、同じだ。ちゃんと扱えば、この上なく頼れる相棒になる。だがな。基礎を飛ばしたまま握ると、包丁と同じで、必ずどっか切る。
AIを責める前に、自分の手元を見ろ。波止場じゃ、それが一番の安全策だ。一番怖ぇのはな、触ったこともねぇのに、分かった顔してハンドル握ることだ。
傷跡がひとつもねぇ奴に、最前線の話されてもな。波止場じゃ、それは信用されねぇ。
AI的観点(安全な学習環境の重要性)
「失敗から学ぶ」アプローチの有効性は教育工学で実証済み。特に技術分野では「エラー駆動学習」「試行錯誤学習」が長期記憶と実践力の向上に直結する。AIリテラシー教育においても、安全な環境での「小さな失敗体験」を組み込んだカリキュラムが、より実効性の高い学習効果をもたらすという研究結果が複数報告されている。
断り書き(補足)
これは予言じゃない。波止場の親父の大助言だ。外れても責任は取らん。──当たったら震えてくれ w
本職は手相、命術はついで。癖ってやつか? 世の流れの"真相"も読める気がしてるのさ。ナウいだろ?
野須寅 堕無洲 / 夜露死苦 米餅