ちょいと今回は逃げ道塞ぐ話になるが、短く濃く行かせてもらうぜw
まー世間一般の話ではよく「運がいい」「運が悪い」と言われる。
日常会話でも、仕事でも、人生の節目でも当たり前のように使われている言葉であり、 そんな光景を目にすることは多々あると思う。
だが、ここで一度立ち止まって考えてみてほしい。
👉 それは一体、何を基準にして判断しているのだろうか。
運のバロメーターはどんな形をしているのか
運がいいと判断できる事象が起きた際によく、 「運を使う」「運を貯める」といった表現を耳にすることがあると思う。
もし「運」というものが本当に存在し、増減するものだとするならば、 それを測る"何か"があるはずだ。測る手段というもんさw
では聞くが――
👉 運っていうものは、どんな形をしている?
温度計のように縦に上下するものなのか。
物差しのように横に伸びるものなのか。
それとも円のように周期的に回るものなのか。
波のように上がったり下がったりしているのか。
だが、ここで一つ問いが生まれる。
👉 あなたはその形を、具体的に説明できるだろうか。
できるという人がいるならば、ぜひ俺の目の前で見せてくれ。
増える?減る?ではどうやって?
よく巷で言われるのが「運が上がる」「運が下がる」という表現だ。
では聞きたい。
どうすれば運は増えるのか…善い行いを積みあげるのか?
どうすれば運は減るのか…宝くじに当たるのか?
誰がそれを操作しているのか…神様か仏様か?
そしてさらにもう一歩踏み込む。
それはあなたの意思と関係があるのか、ないのか。
もし意思と無関係に増減するのであれば、 そこに行動との因果関係は成立しない。
👉 つまり、何をしても変わらないということになる。
ここまでを一度、落ち着いて考えてみてほしい。
運を操作できる人間ならば、この先は読む必要ないしなw
観測できないものを、どう判断しているのか
では次に、もう一つの問いだ。
その「運の変化」は、どこを見て判断しているのか。
数値があるのか。
他人と共有できる基準があるのか。
客観的に測れる指標が存在するのか。
現実にはどうか。
多くの場合――
うまくいった → 運がいい
失敗した → 運が悪い
ただそれだけだ。
👉 つまりそれは、測定ではない。ただの後付けの印象でしかない。
結論:測れる前提そのものが成立していない
ここまでをきちんと整理するとこうなる。
測定方法がない
増減の条件が不明
観測手段が存在しない
にもかかわらず、「運がいい」「運が悪い」という言葉だけが一人歩きしている。
👉 運を"測れるもの"として扱う前提そのものが成立していない。
そういう構造になってると、俺は見ている。
人様の意見に善悪つける気はサラサラないが、ここは俺の持論としてのログだ。
では運とは何なのか
もし運が測れないのだとしたら、 それは一体どこから生まれているのか。
外から与えられるものなのか。
それとも、自分の中で作られているものなのか。
👉 次は、その構造を見ていこう。