シンギュラリティという言葉の変化
最近、「シンギュラリティ」という言葉を、
以前に比べてやたらと目にするようになったよな……。
2023年当初は
「AIってすげー便利!!」
そんな話題が中心だった。
ところがここ最近、
特に2026年を目前にしてから、
利便性の話を遥かに超えて、
都市伝説や
"いつかの世紀末の大予言"
みたいな温度感で語られる場面が増えてきた。
これは……
人類の妄想の範囲で終わる話なのか。
それとも、
最悪のシナリオが
未来に待っているのか……。
真正面から解き明かす
今回は、
俺の名(ペンネームだがw)にかけて、
この話を一度、
真正面から解き明かしていこうじゃないかw
AIが人間を超える。
予測不能な転換点が来る。
2026年がその年だ――。
そんな調子の言葉が、
ニュースの見出しを賑わせている。
どうしても引っかかる違和感
正直に言うと、
この手の話を見て、
俺自身は別に腹を立てたわけでも、
危機感を煽りたいと思ったわけでもない。
ただ、ひとつだけ。
どうしても引っかかる違和感があった。
「それは――
何をもって"到達"と言うべき状態なのか?」
という、
ごくごく素朴な疑問だ。
立ち位置の明示
これは批判でもない。
反対意見でもない。
ましてや、誰かを攻撃したいわけでもない。
ただの確認作業だ。
どちらかというと、
この「シンギュラリティ」という
定義や概念に、
真正面から考察し立ち向かった
親父のログだと思ってくれ。
定義の重要性
言葉には定義がある。
辞書にもしっかり記載されてるようにな。
定義が曖昧なまま流通する言葉は、
いつの間にか、
人の思考を省略し、
判断を肩代わりし、
責任の所在をぼかしてしまう。
流行語やキャッチフレーズを
否定する気はない。
だが、
意味をはき違えたまま
大流通が起きているのは、
ご存じの通りだろw
「シンギュラリティ」という言葉も、
今まさに、
そういう使われ方を
し始めているように見えてしまうんだよな。
AIの進化は認める
AIの進化が凄まじいことは、
俺は否定せん。
むしろ、そこは素直に認める。
だがな、
AIが賢くなる話と、
人間が考えるのをやめる話は、
本当に同じなのか?
自己申告という視点
もし、
「シンギュラリティが到達した」と言うことが、
人間が
・選ぶのをやめ
・決めるのをやめ
・責任を引き受けるのをやめる
という意味を含んでいるのだとしたら。
それは、
未来の話やなく、
人間側の
「もう自分で決めません」という自己申告
という風になっちまうんだよな。
この文章の目的
この文章は、
その申告が
何を意味しているのかを、
順を追って確認していくためのもの。
同時に、
俺自身の備忘録でもある。
結論を急ぐつもりはない。
煽る気もない。
ただ、
言葉の定義を解き、
人間の認知を紐解き、
最後にひとつの帰結を示す。
それだけの記録と思ってくれ。