同じ目線で整理しよう
ここまで積み上げてきた内容を、
いったん同じ目線で整理しよう。
今一度整理すると
「定義」と「心理」、
そして「工程」と「方程式」をすべて同一目線で同じテーブルに並べてきた。
もう一度、
あの式を思い出してみようか。
Singularity(到達した認識)=AIの進化×人間側の判断放棄
この式が示していたのは
この式が示していたのは、
未来予測でも、
技術評価の話でもない。
「到達した」と呼ばれる状態が、
どのような条件で成立するか、
その事細かい構造だ。
ここで、ひとつだけ整理しておく
シンギュラリティとは、
何かが自発的に突発的に災害のごとく"起きた瞬間"ではない。
そう・・・すなわち「起こったと認識された状態」だ。
連続的で曖昧な変化
技術的な変化は、
連続的に起きる。
段階的で、
曖昧で、
境界線なんてものはは引けない。
それでも、
「到達した」という言葉が置かれた瞬間、
そこに区切りが生まれる。
認識の確定
この区切りは、
現象の完了ではなく、
認識の確定だ。
だから、
「シンギュラリティ」は
出来事ではなく、
状態として成立する。
ここで一度、現実の話をしようじゃぁないか
AIテクノロジーは確実に進化している。
それは紛れもない事実だ。
だがしかし…同時に、その土台は極めて物理的だ。
計算資源は有限かつ、
GPUは常に不足し、
電力・冷却・立地・工期に縛られる。
データセンターは、
契約し、
建て、
接続し、
稼働するまでに
年単位の時間を要する。
指数と現実のギャップ
AIの進化が
指数関数で語られる一方で、
土地や電力は
指数では増えない。
ここに、評価はない。
否定もしない。悲観もしない。
ただ、
現実として置いているだけだ。
それでも
それでも、「到達した」という言葉は、
ごくごく自然に受け入れられるこんにちだ。
なぜか。
技術が限界を超えたからではない
それは、
技術が限界を超えたからではない。
人間側が、
判断を引き受け続ける役割から
降り始めている。
人間側が考えることを減らし、
決めることを避け、
責任を外に置く。
その流れの中で、
「もう来た」という言葉は、
非常に心地よく響く。
成立しているのは
ここで成立しているのは、
技術的到達ではない。
自己認識の帰結だ。
心の在り方の問題だ。
だから、この長編の結論は、こうなる
シンギュラリティとは、
AIが人間を超えた瞬間ではない。
人間が、
「もう自分で判断しなくていい」
そう認識した状態を、
指している。
未来の話ではない
それは、
未来の話ではない。
認知の話だ。
次のラストのページでは
次のラストのページでは、
この構造を踏まえた上で、俺自身の見解だ。
誰かを導くつもりも無ければ、説得する気も説教する気もサラサラない。
ただ、
一人の人間として、
一つの立場を示すだけだ。