Ancient Engineeringは、遠い先の未来の話ではない
もう、一部だが現実に起きている。
冷静に振り返って思い出してみてほしい。
WordPressが爆発的に広がり始めた頃の空気を。
誰でも作れる時代
誰でも作れる。
セッティングは簡単。
無料テーマ。
無料プラグイン。
カスタマイズ自在。
世界中の開発者が参加する画期的なエコシステム。
技術としては革命だった。
個人がメディアを持てる時代を作った。
企業サイトも、ブログも、ECも、フォーラムも、
敷居は一気に下がった。
あれは間違いなくサイト制作の民主化だった。
だが、その裏で現在まで何が起きたか
更新が止まったプラグイン。
作者が消えたテーマ。
放置されたGitHub。
互換性崩壊。
脆弱性報告だけが積み上がるページ。
そしてそれらは、決して消えない
インストールされたまま。
削除されないまま。
誰が管理しているのかも分からないまま。
「使われていない」のではない。
"誰も触れない"状態になっている。
ここが一番のポイントだ。
なぜ放置されるのか
本来、管理されていれば壊れたら直す。
エラーが出れば対処する。
だが――
見た目上、普通に動いている。
だから放置される。
これが小規模なAncient Engineeringだ。
当時の開発者は悪意を持っていたわけではない
多くは善意だった。
無償公開。
コミュニティ精神。
技術貢献。
だが、
撤退設計はほとんど存在しなかった。
メンテナンスをやめるとき、
引き継ぎ設計はなかった。
依存関係の整理もなかった。
そしてユーザー側も
「入れたら終わり」
の意識が多かった。
作ることは盛り上がる。
育てることは地味だ。
熱狂のあとに残ったのは、整理されていない構造だった。
Webの裏側には
触られないコードの山。
更新されない拡張機能。
依存だけが残る構造。
一見すると普通に動いているサイトの中に、
誰も把握していない部品が眠っている。
これは誇張ではない。
今でも、
「昔入れたプラグインが何をしているのか分からない」
という管理者は珍しくない。
分かる人間が少ないからこそ、今も残っている。
これを俺は、
"WordPress遺跡群"と呼んでいる。
ロマンはない。
ただの放置構造だ。
そして今、Agent Engineeringの流れを見ていると
あの頃の空気を思い出す。
便利。
簡単。
誰でも出来る。
連携も簡単。
自動化も一瞬。
だが問いたい。
この構造は、
5年後、誰が責任を持つのか。
10年後、誰が理解しているのか。
もし止まったとき、
誰が止め方を知っているのか。
WordPressは単体だった
だが今回のエージェントエンジニアリングは違う。
外部API。
クラウド。
認証。
自動実行。
データフロー。
絡み合う。
止めたつもりでも、どこかで走っているかもしれない。
止める意思がなければ、どこまでも走り続ける。
そして時間が経てば、止め方すら分からなくなる。
だからこそ既視感がある
これは未来予測ではない。
構造の繰り返しだ。
違うのは規模だけだ。
次は、
なぜ人は同じ構造を繰り返すのか。
心理の話に入ろう。