親父の小言 P3 2026‑06‑08 登山・SNS論

SNS疲れ編

— 野須寅 堕無洲(のすとら・だむす)|完成済み他人と、編集中の自分を比べるから疲れる

まー・・・ここまで読んで、

「親父、SNS嫌いなんか?」

って思った奴もいるかもしれねぇ(笑)

いや、別に嫌いじゃねぇよ。

まー・・・没頭せず、ちょいと斜めから眺めてるだけだがなw

情報収集としては便利な時代だと思う。

昔なら知れなかった景色も見れるし、
遠くの人間の考え方や体験談も覗ける。

👉 情報収集って意味で割り切ると、相当便利な道具だ。

ただよ。

最近ちょいと気になるのが、

👉 "他人の山頂写真"ばっか見続けて、自分の足元見失ってねぇか?

って部分なんだわ。

SNS疲れって言葉も、近年よく聞くようになった。

まぁ無理もねぇ。

毎日毎日、

成功しました。

稼げました。

夢叶いました。

人生変わりました。

そんな"山頂写真"が流れてくる。

最近じゃAIで写真も作れるし、

それっぽい記事まで書ける時代だからな。

どうも・・・人間味を感じにくい時があるんだよ。

スッ転んだ後のリカバリーなんて、もろ人間臭くて好きなんだけどよ。

👉 AIは石で滑って転んでくれねーしなw

だがよ。

冷静に考えてみりゃ当たり前なんだ。

SNSってのは基本、

👉 「一番映える瞬間」

が切り抜かれやすい。

登山で言やぁ、
山頂で撮ったその瞬間の最高の一枚だけが、
延々タイムラインに流れてるようなもんだ。

だが現実は違う。

実際の登山は、

息切れしながら坂登って、

荷物に肩やられて、

途中で雨降られて、

「なんで来ちまったんだ・・・」って顔しながら進む(笑)

引き返したくなった心境とかに、妙に共感したくなるんだよなw

でもSNSじゃ、そこはあんまり映らねぇ。

だから見てる側は、つい勘違いしちまう。

👉 「みんな簡単に登れてる」

ってな。

だが実際は違う。

見えてねぇだけで、

迷った奴もいる。

転んだ奴もいる。

撤退した奴もいる。

人知れず泣いた奴だっている。

👉 カッコ悪いって思ってるのは、意外と自分だけかもよ。

スッ転んで半ベソかいて、なお登ってこその登山じゃねーのか?

つまりよ。

👉 みんな登山中なんだわ。

ただ、SNSってのは"山頂の瞬間"が強調されやすい。

だから、

"登山途中の自分"と、
"他人の山頂写真"を比較しちまう。

👉 そりゃ疲れる。

俺は思うんだわ。

最近必要なのって、

👉 「比較」じゃなく、「観測」なんじゃねぇか?ってな。

「あの人すげぇな」で終わるんじゃなく、

👉 「どういう山道歩いて来たんだろ」

って見た方が、案外SNS疲れしにくいよな。

結果だけじゃなく、過程を観る。

そうすると、人間って意外と皆、
泥だらけで登ってるのが見えてくる(笑)

👉 そこがおもしれぇところでもあるんだよなw

比較モードではなく、観測モードへ。