山頂写真ばかりの時代に、登山ログを見失ってないか?
御来光、絶景、映え写真――
山頂の景色だけが切り抜かれる時代。
だが、登山ってのは山頂より途中の方が圧倒的に長ぇ。
港町の親父・野須寅 堕無洲が語る、
「山頂写真」と「登山ログ」の話。
2026年7月、富士山の山開きが近づいてきた。
御来光。
絶景。
山頂の達成写真。
まぁ景気のいい話が並ぶ(笑)
一方で毎年話題になるのが、
軽装登山、弾丸登山、準備不足――遭難や事故。
山頂写真だけ見てると、山は簡単そうに見える。
……で、最近のSNSもちょいと似てねぇか?
SNSには"山頂写真"が大量に流れる。
成功しました
達成しました
自由になりました
人生変わりました
だがよ。
その山、どうやって登ってたどり着いたんだ?
道迷い、失敗、孤独、修正、撤退判断――
"登山ログ"ってやつが、なかなか見えてこねぇ。
"完成済みの他人"と"編集中の自分"を比べるから疲れる。
👉 みんな登山中なんだわ。
ただ、SNSってのは"山頂の瞬間"が強調されやすい。
結果だけ見て、その山を簡単そうに見積もっちまう。
そこの違和感が、この小言の出発点だ。
この親父の小言では、
次の5つの視点から「山頂写真と登山ログ」について語る。