何気ない日常に潜む深淵 第3話 実録

第3話|運命の4回転ひねり宙返り

― 事故発生・完全実況中継 ―

その日の朝も、いつもと変わらぬ朝だった。

いつもの何気ないルーティーン。

ただ違うのは、あの初号機との出会いにより、口腔内が満たされる感覚であろう。

少なくとも、その運命の悪戯が細く微笑むその瞬間までは。

「初号機」の運用も順調。歯医者通いも継続中。毎日の歯磨きも少しずつ習慣として定着し始めていた。

特に不満もない。特に不安もない。平和そのものである。

日が増すたびに、少しずつ高揚を隠せない心境でもあった。

まるで新婚夫婦のごとく。

だからこそ。そんな時であるからこそ、人は油断する。

そして不慮の事故というものは、決まってそんな時に、何食わぬ顔で平然と待っているのである。

私はいつものように洗面所へ向かった。

いつもの流れである。

顔を洗う。

髭をそる。

歯を磨く。

そんな、いつもと変わらぬ日常。

何の変哲もない週末の朝である。

そして、眼鏡を外した。

洗面台の鏡の下には、コップや歯磨き粉を置く広めのちょい置きスペース。いつもの流れで、眼鏡もそこへ着地する。

その瞬間だった。

ほんのわずかであった。

本当にわずかな接触。

意図せぬ感触。

小指の先。

ちょうど第一関節の外側面のあたりだろうか。

何かに触れた感覚があった。

「あっ……」

ほんの一瞬。思わず発した、言葉にならない発声も虚しく、時はすでに遅かった。

初号機が。

決意を分かち合ったあの相棒が。

宙に浮いていた。

人間というものは不思議なもので、衝撃的な瞬間ほど時間がゆっくり流れる。

実際にはほんの一瞬だったのだろう。

だが私には、妙に長く感じられた。

走馬灯が走る。そんな感覚にも似た出来事だった。

初号機は、美しい放物線を描きながら、洗面所の上空へ飛び出した。

そして回る。

回る。

綺麗な弧を描きながら、さらに回る。

なぜ回る。

私にもわからない。

だが回っている。それだけは確かだった。

その瞬間だけ、重力という絶対的な支配から解放されたかのように。

偶然の小指接触というトリガー。それはまるで、踏切から放たれた高飛び込み競技の選手のようだった。

初号機は洗面所の上空へ解き放たれる。

空気を切り裂き、静かに回転しながら、美しい軌道を描いていく。

一回。

二回。

三回。

そして――

四回。

ほんの刹那。「相棒」の顔とも言うべき、ヘッドの毛先と目が合った気がした。

4回転半1捻りの奇跡。

その軌道は、明らかに私の望む方向ではない。

戻れ。

頼む。

そっちへ行くな。

そんな願いとは無関係に、「初号機」は己の信じた軌道を進み続ける。

重力は万物にとって平等である。

希望も願望も考慮しない。

ただ静かに。そして確実に。地上へ導くだけだ。

そして――

消えた。

・・・

・・・・・・

音がしない。

完全な無音であった。

何かにぶつかった音も。

跳ね返った音も。

着地した音も。

何も聞こえない。

静まり返ったこの静寂。ただそれだけだった。

私は数秒ほど、虚無の魔物に拘束されたかのように固まっていた。

いや、実際にはもっと短かったのかもしれない。

現実時間に換算すれば、数秒にも満たない刹那の出来事だった事は間違いない。

しかし体感時間はずっと長い。

視線だけが、初号機の消えた方向を追っていた。

( ゚д゚ )

金縛りにあったように体が動かない。

ただ、脳内だけが状況整理を試みる。

だが、結論は出ない。

ただ一つだけ確かな事があった。

何かとんでもなく良くない事が起きた。

その予感だけは、確実に存在していた。