何気ない日常に潜む深淵 第6話 実録

第6話|旅立ち

― 決意からの旅立ち ―

二代目の運用はすこぶる順調だった。

特に大きな問題もない。致命的な不具合もない。

毎朝、そして毎晩。本来あるべき役目を淡々と果たしている。

平和そのものである。

これが本来の日常なのかもしれない。

ふと気が付けば、あの瞬間的な衝撃の事件からしばらく時間が経っていた。

人というものは本当に不思議な生き物である。

どれほど天地がひっくり返りそうな強い衝撃を心に受けても、どれほど深く心に刺さる印象深い出来事が起きても、ほんの少しずつ、だんだんと日常へ戻っていく。

それは良い意味でもあり、少しだけ寂しいことでもある。

今も時折、あの場所、あの深淵を見ることがある。

視線の先には、光の届かない暗黒の世界がある。

そしてその奥には、かつて毎日手にしていた相棒が居る。

見えない。

だが居る。

たぶん居る。

きっと居る。

そう思うことにしている。

振り返ってみれば、実に不思議な出来事だった。

たった一度の奇跡的な偶然。ほんの一瞬の刹那の出来事。

それだけで、何日も記憶に残る物語になった。

飛んだ。

消えた。

探した。

見つけた。

だが届かなかった。

振り返れば、あの事件の発端も、今となっては実に些細なものだった。

ほんのわずかな距離。ほんのわずかな接触。

あの感触だけは、今でも小指に残っている。

後の現場検証によれば、主な原因と思われる箇所は、およそ1センチ程度の位置ずれ。

ただそれだけだった。

そんなことを考えていた時だった。偶然目にしたサッカーの映像。

サッカーの世界には、

「奇跡の1ミリ」

という有名な出来事がある。

たった1ミリ。だがその1ミリが、日本中を歓喜させた。

今もなお、あのシーンは鮮明に脳裏に焼き付いている。

こちらは1センチ。日常に起きた、わずかなズレ。しかも歓喜ではない。

悲劇である。

だが、結果として生まれた物語の大きさだけは、決して小さくなかった。

ただそれだけの話である。

本当に、ただそれだけの話だ。

それなのに、なぜだろう。

今こうして振り返ると、妙に印象に残っている。

妙に愛着がある。

妙に語りたくなる。

おそらく、日常とはそういうものなのだろう。

世の中には壮大な事件もある。世界を沸かせる出来事もある。歴史に残る出来事もある。人々の記憶に刻まれる大事件もある。

だが、人の心に残るものが、必ずしも大きな出来事とは限らない。

何気ない日常。ほんの小さな偶然。誰にも語る必要のないような出来事。

そんなものの中にこそ、時として予期することのできない、奇妙な深淵が潜んでいる。

そして今。この物語もまた、役目を終えようとしている。

初号機との出会い。運用の日々。運命の4回転ひねり宙返り。裏の文明圏。継承される意思。

その全てを乗せながら。

初号機は短命だった。

だが、物語としては十分すぎるほどの仕事をした。

そして今。この小さな記録は、潮風波止場からボトルメールとして情報の大海原へ旅立つ。

誰かの笑いになるのか。誰かの記憶に残るのか。今は分からない。

だが、それもまた旅というものだろう。

ありがとう。

初号機。

🚢🌊🪥

(→実録現場検証へ...クリックは自己責任で)