何気ない日常に潜む深淵 第5話 実録

第5話|継承される意思

― 二代目着任 ―

目の前の絶望感に抗いたく、しばらく考えていた。

紫色の相棒は確かにそこに居る。

僅かだが確実に視界に入っている。

生存も確認した。

だが、具体的な救出手段がない。

幾度も幾度もその現場を目にしながら――。

角度を変えた。

手を伸ばした。

道具も考えた。

だが状況は一向に変わらない。

見える。確実に視界にとらえている。

しかし何をもってしても触れることすらできない。

……届かない。

手の施しようがない。

無残な現実だけが静かに存在していた。

息をのむような暗闇の奥に、僅かな紫色の姿を残したまま――。

数時間後。

私は再びドラッグストアへ向かっていた。悲しみともどかしさを抱えながら……。

理由は単純である。歯は毎日磨かなければならない。

毎日のルーティンという己の脳内規則に沿った神事である。

どれだけ名残惜しくても、どれだけ悲観に暮れても、現実は何事もなかったように流れていく。

ストアの片隅に所狭しと並べられた商品群。

見慣れた棚。見慣れた価格表示。そして見慣れた商品。

あの時の光景が既視感として再現されている。

ただ――あの時に感じた期待感や高揚感だけが、そこには存在しなかった。

私はほんの一瞬だけ考えた。

別の機種にするべきか。性能重視で選ぶべきか。

確かに迷いはした。

だが、やはり購入前から結論は決まっていた。

同メーカーの同種同型機採用。

通称「二代目」着任。

色だけは違った。

初号機は紫。二代目は赤。それ以外はほぼ同じ。

まるで後継機のようだった。

数時間後に帰宅。

脳内から送られる神事の囁きへの対応を終え、私は置き場所を変更した。

「初号機」と同じ悲劇を繰り返さないためだ。

痛手を被り、悲観と絶望の淵に立たされ、学習し、なお改善し。

再発防止と恒久的対策。

長らく人類というものは、こうして文明を築いてきたのである。

たぶん……w

俺自身の決意と思いを一心に受け止めた「初号機」は失われた。

その事実は今も何一つ変わらない。今もあの場所に居る。

だが、「初号機」が残したものは、俺の心の中に今もなお残っている。

歯を大切にしようという心からの決意。

毎日続けるという飽くなき反復習慣。

そして、妙な愛着を持てた、「奇跡」という名の僅かな時間。

物は失われる。

だが、意思は残る。

だからこれは代替ではない。

継承である。

こうして「二代目」の運用が静かに始まった。

至って順調である。

そしてこの物語は、最後の旅立ちへ向かう。