~便利さは、責任の免罪符じゃない~
「衛星通信は便利だよな」「災害時に助かる」
──でもそれと、インフラは別の話だ。
壊れた後の清算ができないまま、数を増やし続ける宇宙開発の現実。
港町の親父・野須寅 堕無洲が問う、
後始末まで含めてインフラと呼べるのか、という話。
衛星通信は確かに便利だ。
山奥でも、海の真ん中でも、災害時でも電波が降ってくる。
でもな、それと「インフラ」は別の話なんだよ。
便利さだけでインフラを名乗るな。
壊れた後の清算ができないまま数を増やすな。
未来に負債を押し付けるな。
後始末まで含めて、初めてインフラと呼べるんじゃないか。
インフラの本質は──
「動いている時」じゃない。
壊れた時の"後ろ姿"で評価されるのがインフラだ。
地上と宇宙の決定的な違い──
地上のゴミは、片付けりゃ終わる。
宇宙のゴミは、増え続ける"呪い"だ。
同じ「数を増やす」でも──
衛星:数で冗長化できる(安心)
デブリ:数で地獄化する(危険)
非対称のリスク──
片方は安心で、片方は地雷原だ。
便利で目立つインフラは──
「誰かが悪い」じゃない。
そういう盤面だ。
インフラの資格条件──
✅ 革新があるか
✅ ルールが定義されているか
✅ 利便性が社会にあるか
どれか一つ欠けた時点で「社会性」は名乗れない。
便利だけで突っ走るのは、ただのガキのわがままだ。
災害で役立つからといって、万能ではない。インフラの本質はどこにあるのか。
動いている時より、止まった後を見ろ。地上と宇宙の決定的な違い。
ゴミは回収できるが、デブリは増える。事故が未来の事故を呼ぶ構造。
数で補えるものと、数で壊れるもの。非対称リスクの理解。
後始末の設計は済んでいるか。軍事・妨害・政治の現実を見据えて。
俺は技術を否定してるわけじゃない。
衛星通信は素晴らしい技術だし、これからも進化するだろう。
ただ、夢と責任はセットで持てって話だ。
便利さは免罪符じゃない。
役立つことは、無責任の言い訳にならない。
後始末まで含めて、それでもインフラと呼べるのか?