さて・・・。
ここまで、
AI三権分立構想についてちょいと熱く語ってきた。
単一AI独裁。
身内監査。
超高速事故。
認知ハッキング。
便利さへの油断。
まー・・・
色々と懸念が見えてきたって訳だ。
だがな。
結局最後に、
一番重要な話をしようじゃないか。
👉 「最後に責任を取るのは誰だ?」
って話だ。
ここ、
AI時代で一番大事になる部分かもしれねぇな。
AIは確かに凄い。
文章も書く。
コードも書く。
設計もする。
画像も動画も作る。
しかも速度が究極にエグい。
数年前まで、
人間が数日掛けてた事を、
数分でアッサリやっちまう。
正直、
俺も顎を外しかけるくらい驚いてる。
驚愕ってやつだよなw
だがな・・・。
どれだけAIが進化しても、
👉 「責任」
だけは、
AIが取ってくれる訳じゃねぇ。
どこまで突き詰めても、
AIが意思や感情や自責の念なんてもの持っているわけがない。
あくまでツールだ。
ここだけは、
絶対に忘れちゃいけねぇ。
例えば事故った時。
システム障害。
情報漏洩。
誤作動。
誤送信。
誤判定。
その時、
AIが涙ながらの謝罪会見してくれるか?
・・・しねぇよな(笑)
何食わぬ顔で、
「エラーです」って淡々と言うだけだよなw
結局、
最後に頭下げるのは人間だ。
責任を取るのも人間。
損失を被るのも人間。
信用を失うのも人間。
だからこそ、俺は思うんだ。
AI時代に必要なのは、
👉 「AIに全部任せる人間」
じゃない。
👉 「AIをどの様に使うか判断できる人間」
なんじゃねぇかってな。
ここ、
かなり重要な分岐だと思ってる。
便利だから使う。効率いいから導入する。
それ自体は悪くねぇ。
むしろ今のご時世として自然な流れだ。
否定はしない。
だがな・・・。
その便利さの裏側で、
👉 「誰が責任を持つのか」
を曖昧にした瞬間、
構造は一気に、そして間髪入れずに危うくなる。
これ、
人類史上昔から何百回以上も繰り返してる。
ごく身近な例を出すと・・・
アクセルとブレーキ間違えました。
で・・・。
自動車のせいにするコメント見たときにどう感じるか?
そのコメントに共感できるか?www
そこは自分の胸に聞いてくれ。
技術が変わっても、
結局最後は人間社会の問題なんだよな。
だから俺は、
👉 「AIを使うな」
なんて言うつもりは、
全くもって無い。
むしろ逆だ。
AIはどんどん使った方がいい。
たくさん触った方がいい。
もっと深く理解した方がいい。
ただし・・・。
👉 「AIを神格化するな」
👉 「どこまで突き詰めても機械だ」
って話だ。
どれだけ凄くても、AIは万能神じゃねぇ。
得意不得意もある。
癖もある。
盲点もある。
だからこそ、
👉 「複数視点で監査する」
意味が出てくる。
これ、
人間社会が積み上げてきた知恵そのものなんだわ。
そして最後に、俺が一番言いたい事を言わせてもらう。
AI時代で本当に怖いのは、
👉 「AIの進化」
じゃない。
👉 「人間側の思考停止」
だ。
ここを見失った瞬間、
多分いろんな事故が起きる。
昨今の自動車事故も、
認知・思考・判断が鈍ったせいで起きてないかい?
自ら事故りに走る
「確固たる意思」を持った自動車なんざ、
未だに見たことないぞw
だからこそ、
👉 「便利さ」と
👉 「責任」
この二つを、
ちゃんと同時に見れる人間が、
これから重要になるんじゃねぇか。
AI時代ってのは、
便利さよりも先に、
人間側の責任感が試される時代なのかもしれねぇな。
俺はそんな風に思ってる。
次は最終ページ。まとめの話だ。