AIレシピ論 P6 2026‑03‑09

レシピ文化の暴走(AI社会編)

― 野須寅 堕無洲|AIレシピ論・第6章

📚 レシピが山ほどある時代

さて、さっきの話の続きだ。
鮮度の次は、それを扱う人間の話だ。

今の時代

レシピに関する情報は山ほどある。

料理本。

ネット記事。

動画。

そして

AI。

ちょっと聞けば
知識や見解を踏まえた真っ当な答えがすぐ出る。

料理のやり方や手順説明なんて
いくらでも出てくる。

本当に便利な時代だ。

昔の料理人からすれば
夢みたいな環境だろう。

手を付けやすい環境が
揃いに揃ってる。

だがな。
よく聞いてほしい。

ここで
一つだけ思うことがある。

レシピや手法は

どんどん増えている。

そんな中

料理人側は

どうなっている?

🐟 語れる人は増えた、捌ける人は増えていない

港町界隈でも
似たような話を聞く。

魚の料理を

語る人間はたくさん増えた。

しかし

実際に魚を捌ける人間は

それほど増えていない。

絞め方ひとつ。

鱗落としひとつ。

内臓取りの包丁角度ひとつ。

皮のはぎ方ひとつひとつに
それぞれ意味や考え方や手法が存在するのが
この世界だろ?

果物ナイフで簡単には
鯛の背骨は断てないぞw

レシピは知ってる。

動画も見てる。

作り方も分かる。

だがしかし

包丁を握ったことがない。

魚を触ったことがない。

⚠️ 社会全体のレシピ氾濫

これは
料理だけの話じゃない。

今の社会は

レシピが
大量に溢れている。

ビジネスのレシピ

成功のレシピ

文章のレシピ

マーケティングのレシピ

AIのレシピ

表面上の
誰でも手を出せるやり方は
いくらでも出てくる。

ひとつ忠告しておくと

やり方が分かることと

出来ることは

全く別の話だ。

🔥 レシピには書いていないこと

料理だってそうだ。

レシピを読めば

作り方は分かる。

しかし

実際に作ると

火が強すぎたり

塩が多かったり

焦がしたり

思った通りにはいかない。

そこから先のリカバリーは

レシピには

1行も書いてない。

そこにあるのは

経験だ。

失敗だ。

感覚だ。

📉 レシピが増えすぎると何が起きるか

だが今は

レシピが
たくさん増えすぎた。

すなわち

こういうことが起きる。

料理を作る前に

レシピを探す。

作ってみる前に

答えを探す。

港町界隈で言えば

こういうことだ。

海域という現場に出る前に

釣った魚の料理の話ばかりしている。

もちろん

レシピは悪くない。

むしろ大事だ。

だがな
勘違いはしないでほしい。

レシピは

料理そのものじゃない。

手法であり

やり方であり

手順だ。

🚨 増えるのはレシピ、減るのは料理人

レシピが増えすぎると

どうなるか。

料理が減る。

料理ってのは

人間が作るものだ。

火を見て

匂いを見て

素材を触って

判断する。

AIは
レシピの思考案を出してくれる。

それはいい。

ただ、残念なことに

料理までは作らない。

この役割の違いだけは

しっかりと

頭の片隅に刻んでほしい。

俺は思う・・・。

これからの時代

増えるのは

レシピ。

減るのは

料理人。

最後に

一つだけ言っておこう。

料理は

人が作る。

そして

人が食う。

それが

最後の話だ。